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医療用大麻について

2022.07.27

1、大麻取締法改正の動き

2022年6月に閣議決定された「骨太の方針2022」に、「大麻に関する制度を見直し、大麻由来医薬品の利用等に向けた必要な環境整備を進める」という文言が盛り込まれた。6月29日に開催された厚生科学審議会の大麻規制検討小委員会では、「適切な利用の推進」と「栽培の管理」が議論された。

大麻樹脂に含まれ「カンナビノイド」と総称される分子群のうち、特にテトラヒドロカンナビノール(THC)とカンナビジオール(CBD)の2分子に注目し、向精神薬としてのTHCを取り締まる一方で医療資源としてのCBDを使いやすくしたいという趣旨だ。

麻薬及び向精神薬取締法や覚醒剤取締法では規制対象を分子で定義するが、大麻取締法では大麻草の部位(花穂や葉、未成熟の茎、根、成熟した茎から分離した樹脂)で定義する。その理由について、「1948年の制定時にはTHCやCBDなどの分子が同定されていなかった」という説が合理的だが、一方で「GHQの取り締まりに対して大麻草の栽培という日本の伝統産業を保護することが規制の目的だった」という主張も見られる。

2、日本人と大麻草

幕末の医学者・森立之は「本草経考注」で

・師の伊沢蘭軒が「五人が麻葉を食べるところを見たことがあるが、全員発狂した。そのうち二人は即死した」と語った

・多紀元簡は「寛政十二年に湯島本郷のある寺で大麻草が大発生したので酢漬けにしたところ、食べた五、六人全員が二日以上にわたって酔ったようになった」と記している

といったエピソードを紹介し、「食べて死ななかったら幸運か」とコメントしている。日本人には大麻草を摂取するという発想は希薄だったようだ。

世界的には、植物や菌類を用いて精神状態を変容させ、医療や宗教的な儀式を行うシャーマンのような職業が存在する地域も多いが、日本には定着しなかった。安土桃山時代の宣教師が日本人の酒癖の悪さを困惑気味に記しているのをみると、私たちは酒で十分ということかもしれない。

3、内因性カンナビノイド系

話を現代に戻すと、人間には大麻草に感受性を持つ受容体が現時点でCB1とCB2の2種類知られており、内因性カンナビノイド系と呼ばれる機能を担っている。

CB1 は中枢神経系・末梢神経に主に分布し、神経伝達物質の放出を調整する。THCはこちらに作用し、作動薬としてはこれまでドロナビノールやナビロンが販売されている。

CB2 は免疫系や末梢神経終末に存在し、痛みや炎症に関係している。CBDはセロトニン受容体などいくつかの受容体に結合するが、CB2を介してはこれらを抑制する。

2018年に、FDAは2種類の難治性てんかんに対してエピディオレックスの使用を承認した。日本国内では大麻草に由来するという理由で使用が困難であり、2019年の時点で厚生労働省は「治験での投与は可能」としているが、まだ実現していない。

CB2は、他に神経変性疾患や神経痛などの治療薬の標的としての可能性も指摘されており、CBDの適用範囲は今後拡大するかもしれない。当然、工業生産も期待されるが、不斉合成が難しいようだ。

一方、規制対象外の部位(成熟した茎や種子)から抽出されたか、化学的に合成されたCBD製品は輸入が可能であり、すでにドリンクも販売されている。分子の多様さや立体構造の複雑さを考えると、不純物に不安を覚える。

4、大麻草にとってのカンナビノイドの意味

大麻草が、カンナビノイドを作る目的とはなんだろうか? 

2019年7月にNatureのオンライン版で公開されたSang-Hyuck Parkらの論文では、害虫の忌避剤という可能性を示唆している(大麻草の規制対象部位が、いかにも害虫に狙われたくなさそうな部位であることもうなずける)。一方で、CBDが昆虫に対するストレスを軽減するように作用したという結果も得られており、新たな疑問をなげかけている。

紙幅が尽きたが、薬学という学問はたったひとつの物質に対してであってもさまざまなアプローチ方法を持っていることを再確認していただけたかと思う。患者との関係についても同様のはずで、薬局の薬剤師は多様な知的バックグラウンドにもとづいてさまざまなアプローチを患者に対してとりうるのではないだろうか。

「薬業時事ニュース解説」

薬事政策研究所 代表 田代健