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薬用植物の国内生産

2022.11.21

1.農林水産省の政策

 

農林水産省は、先ごろ「薬用植物(生薬)をめぐる事情」というレポートを公開した。9月30日付の薬事日報では「国内の薬用植物栽培が停滞している」という記事でこのトピックを紹介している。

レポートによると、漢方メーカーは栽培農家と個別に直接契約しており、オープンな生薬市場が存在しない。そのため、農水省は「薬用作物産地支援協議会」を設置し、メーカーと農家とのマッチングを行ってきたが、これが難航している。実際、漢方の処方は増加しており、生薬原料も直近5年間で30%増加している(金額ベース)が、国産は約10%にとどまっている。

マッチングが成立しにくい要因としては、栽培技術が確立していない点に加え、メーカーの需要量と農家の規模が違いすぎる点などが挙げられる。

おそらく、極端な薬価抑制政策によって産業自体を維持できなくなっているという側面もあるはずだ。湯液(煎じ)の保険調剤を応需する薬局は各都道府県に1-5軒程度という見解もあり(山岡傳一郎ら「生薬国内生産の現状と問題」日本東洋医学雑誌Vol.68 No.3 270-280, 2017)、生薬を扱う薬局はだいぶ少なくなっていると思われる。

 

2.薬用植物の希少性

 

どこの地域でも、医療者はその地域に自生する植物の特性に注目し、薬用植物として活用する文化を独自に発展させてきた。我が国の場合はゲンノショウコやドクダミ、センブリなどが代表的だ。アマゾンの先住民も、病人が出れば医療者は茂みの中から必要な薬草を選んで治療に使う。時として、大文明で医学書が執筆され、情報が遠隔地に伝わるようになると、その場所に存在しない生薬を手に入れるための交易が始まる。西洋ではディオスコリデスの本草書、東洋では傷寒論のように様々な医学書が執筆され、生薬の需要を高めてきた。正倉院に生薬が大事に保管されていたことが、その希少価値の高さを物語っている。

 

3.薬用植物政策の重要性

 

現在、我が国では社会保障費の膨張が問題視されているが、高齢者が極端に多い人口ピラミッドの歪みは、太平洋戦争の終結直後に一斉に子供が生まれたことが直接の原因で昨日今日に始まったことではない(国会議事録を検索すると昭和41年の第51回衆議院本会議で高齢化がこれからの問題として指摘されている。ベビーブーム世代が成人した頃だ)。人口動態の軌道修正に失敗し続けてきた政治の問題を指摘することもできるだろうが、経済という面に限れば、問題は「仕入れた原料に付加価値をつけて高く海外に売る」というプロセスにおいて国全体の競争力が低下した点に尽きる。

 

経済学者のパース・ダスグプタは、富の源泉である資本の中に「自然資源」を含めるべきだと主張しており、昨年イギリス財務省から公表した「生物多様性の経済学」という報告書では薬用植物についても言及している。そのような観点から我が国の国土を見た場合、大規模な農作物の栽培よりも付加価値の高い薬用植物の栽培に向いた「資本」という特徴があるように思われる。

江戸時代の農学者は稲作の隙間に、当帰などの生薬をはじめとした商業用の農作物を栽培し、副収入を得ることを推奨していた。国産生薬の模索の歴史は日本書紀まで遡ることができる。薬用植物はこれまでも、これからも、人間活動の中心に位置し続けるはずだ。

現在の農林水産省内における薬用植物の位置付けはかなり軽いという印象を受けるが、今後、国内産生薬のための栽培技術の確立や知的財産権の整備といった工夫には将来性があるし、薬学がそこにコミットする余地は大いにある、しかしその生薬を扱う薬剤師はそこに頓着しない、ということになってしまっては、いささか勿体無いと筆者は考える。

 

「薬業時事ニュース解説」

薬事政策研究所 代表 田代健