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セルフメディケーションと薬局

2023.03.20

日本OTC医薬品協会は214日に、「セルフメディケーション推進に向けた政策提言のためのアドバイザリーボードを設立し、初会合を開いた」と発表した。

セルフメディケーションの推進については、過去に小売側の都合で医薬品の分類を見直すといった政策はあったものの、政府自体が深くコミットすることは特になかった。そんな中、2017年にセルフメディケーション税制が導入され、5年間の時限措置だったのだが2022年からさらに5年間延長された。厚労省はこの延長に先立つ2021年に「セルフメディケーション推進のための有識者検討会」を3回開催したのだが、そこで政策の効果を定量的に評価する必要性が指摘された*1

関西大学経済学部の西川浩平氏は、この制度の対象品目のうち特にアレルギー性鼻炎薬に着目し、制度の効果についてシミュレーションを行った。その結果、2018年の2月から5月までの期間に16000人程度が花粉症による医療機関の受診を行わなくなったと試算されたという*2

この報告には、たとえば「花粉症の患者がアレルギー性鼻炎の薬を2カ所の医療機関で処方されたため、薬剤師が一方の医療機関に疑義照会し処方を削除した」というケースは「医師が患者にセルフメディケーションを勧めて処方しなかった」としてカウントされる点や、百歩譲ってすべての変化が実際に新税制の効果だったとしても統計的に有意といえるほどの差には達していない点など、議論すべき点はいろいろありそうだ。しかしそれをさしおいても、まずは政策の効果を定量的に検証することの意義を強調したい。

 

ところで、セルフメディケーション推進のための政策を考える際にヒントになりそうな事例を、イギリスでのタスクシフトから紹介したい。(「セルフメディケーション」と「タスクシフト」とはまったく別の文脈で議論されることが多いが、前者は後者の一部とみなすことができるのではないだろうか。)

イギリスのNHS(日本の厚労省に相当)は201910月に、医療機関の負担の軽減を目的として、「家庭医(General Practitioner)が患者を薬局に紹介し、薬局が対応すると1回あたり14ポンド(2000円程度)のフィーを薬局に支払う」という制度を導入した(Community Pharmacist Consultation Service)。軽症の患者は薬局で引き受け、GPはより重篤な患者に専念できるという趣旨だが、その後、重症な患者も薬局に紹介されるようになり、薬局の負担が増えていると、今年1月にBBCで薬局経営者が訴えていた。

日本とイギリスとで根本的に事情が異なるのは、後者ではGPの報酬が出来高払いではなく人頭払いになっている点だが、NHSGP制度が導入されたのは1948年のことで、歴史の深さを比較する限り、日本の国民皆保険制度、診療報酬制度と大きく異なるわけではない。

この事例から筆者が主張したいのは、この制度のそのものの評価ではなく、制度設計の仕方によって、「タスクシフト」という概念の具体的な内容やインセンティブのつけ方が短期間でも大きく変わり得るということだ。このことはタスクシフトの一部としてのセルフメディケーションにも当てはまる。

 

セルフメディケーションやタスクシフトといった変化は、それ自体で新しい価値を生み出すことはく、資源や負担をどう効率的に配分するかという「パイの奪い合い(押し付け合い)」の問題に帰着する。効率化だけを進めた先に、薬局の居場所がどれだけ残っているのかはわからない。一方で「新しいパイを増やす」という作業は、これらの概念の向こう側で患者・消費者にとっての新しい価値を掘り起こすことに相当する。難しい挑戦ではあるが、掘り当てることができれば、「セルフメディケーション」や「タスクシフト」といった概念は今とは違った意味を持つようになるだろう。

薬事政策研究所 代表 田代健


*1 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_16365.html

 

*2 https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/22100013.html