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製薬企業の決算と社会保障
2022.06.16
1、製薬企業の決算
国内製薬大手4社(武田薬品、第一三共、アステラス製薬、エーザイ)の22年3月期の決算が出揃った。グローバル市場での好調が目立ち、コロナ禍以前を上回る決算となったようだ(薬事日報5月16日付)。武田を例にみてみると、日本経済新聞5月11日付記事では、「2023年3月期の連結営業利益が13%増の5200億円になる見込み」がトップに来て、ワクチンについては為替の円安も利益を押し上げると予想し、楽観的な記事になっている。
一方、薬事日報の記事ではグローバル市場での好調ぶりと対照的な国内市場の停滞を課題として指摘している。この対比は、世界経済の成長と、停滞し続ける日本経済との縮図だろう。
2、社会保障をどう位置づけるか
武田の連結売上高は3兆6900億円に上る。一方、新型コロナウィルスワクチンを供給するファイザーは2021年度の売上高が約10兆円を超えた(日刊薬業4月6日付)。
1980年代後半の時点では、ファイザーの主力製品はピロキシカム(フェルデン)で年間売上高が7億ドルだった。このころ武田はリューブレリンを世界市場に投入し、規模ではファイザーを上回る時期もあったのだが、1990頃から大手製薬間のM&Aの繰り返しによるメガファーマ化が加速し、突き放された感がある。
今の医療の水準に満足せず、「もっと良い医療を受けたい」という欲求こそが製薬企業の成長の原動力だが、経済学でいうところの「収穫逓減の法則」により、「健康な人間が現状よりもさらに多く1年分の健康を得るために必要なコスト」はどんどん増えていく。社会はこのコストをいくらまで負担するのか、あるいは負担できるのか、が問題になってくるはずだが、GDPが全体として成長している間は、このコストの増加を補うことができる。
日本の場合、国民皆保険制度の副作用で薬剤費を抑制することばかりが先行してしまい、健康でいたいという欲求を経済成長のエンジンという側面よりも政府にとっての財政上の負担という側面を重視する風潮を生んでしまった。その結果、薬事日報が指摘するように国内市場は成長の機会を逸し、ドラッグ・ラグが2016年を底に再び拡大している。
米国研究製薬工業協会などは、新薬の価格決定について費用対効果方式を導入することを求めており、厚労省も検討を始めている。すべての評価を費用対効果の定規で測るべきではないが、社会保障のあり方についても「人間を生かすためのやむをえないコスト」なのか、「人間を活かすための積極的な投資」なのか?という考え方を取り入れてもよいはずだ。
3、積極的なメリットを提供できる薬局が求められる
現在、政府の財政悪化の主犯格として社会保障が論じられる中で、保険調剤は特にコストパフォーマンスの悪い部門と名指しされている。確かに、失われた30年間のデフレ下で資格さえあれば固定費を抑えつつ一定の売上高を維持できるビジネスモデルは魅力的に映り、調剤バブルを招いたという面がある。しかし、インフレ/スタグフレーション(実質的な調剤報酬の切り下げ)が始まって固定費が上昇し始めた場合に、調剤に依存しすぎる業態では生き残れないし、すでにその兆候は現れているのではないだろうか。
処方箋を持っていない生活者でも薬局に1万円投資すれば12000円分のメリットが得られるというようなビジネスモデルを、行政に頼るのではなくそれぞれの薬局自身が模索する時期が、「いつか来る」ではなく「すでに来ている」と筆者は考える。たとえば、この薬局に行ったおかげで10年ぶりにテニスを始めたとか、受験生が勉強に打ち込めるようになったとかいうような、薬局の「腕を磨く」努力は時間も手間もかかるが、実直に向き合うしかない。
「薬業時事ニュース解説」
薬事政策研究所 代表 田代健