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介護事業のDX化の最新状況(後編)

2023.03.20

【目次】

  1. 経営・現場両面での目標を設定する
  2. 課題の抽出から機器の導入まで
  3. 実際にDX化を成功させた事例

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1.経営・現場両面での目標を設定する

前回から、介護事業のDX化についての解説をさせていただいています。ここまでは、DX化を通じて実現したい目的の設定、例えばケアの質を高めることや業務負荷を軽減することなど、明確な目的を持ってDX化を進めることの大切さや、まずは現状を把握し、具体的にどんなことが課題になっているのかを把握することが重要であることをお伝えしました。今回は、DX化を実際に進めるための具体的手順についてより詳細に解説していきます。また、本事例の更なる詳細は拙著、「改革・改善のための戦略デザイン 介護事業(秀和システム社)」にございますので、ご興味をお持ちいただけました場合は是非ご参照ください。

 

DX化を進めるにあたってはまず、チームでプロジェクトを進めていくことが重要です。現場の状況を加味した取り組みが実施できるようワーキンググループを組織し、また特定のスタッフに負荷がかかることを避けるために、4~5名の複数のメンバーを選出するのが良いでしょう。ICTが得意な職員がいれば積極的に登用し、難しい場合は、外部の専門家を活用するという方法も視野に入れても良いでしょう。

また、キックオフ時には、トップからのメッセージも必要です。DX化は、介護現場にとって大きな変革となります。それを失敗させないためにも、機器を導入することそのものが目的なのではなく、その先にあるケアの質の向上、現場負担の軽減が目的であるという方針を明確に伝え、プロジェクトチームの指針とすると良いでしょう。

次の段階では、これらの目的を達成するために、より具体的な目標設定をおこないます。これは、経営・現場の双方で設定するのが良いでしょう。

例えば、経営的な目標としては、これまで取得できていなかった加算を取得するための時間を確保できるようにするといったことや、シフトに余裕を持たせることができるようにすることで、職員の離職率を引き下げるといったことなどが考えられるでしょう。現場側の目標としては、ご利用者の目標を対面でヒアリングする時間を業務内に作れるようにする、残業を減らすなど、より仕事の質や働く環境を向上させていくような目標が考えられるでしょう。

 

「目標の設定」(スターパートナーズ社作成)

 

もちろん、DX化の推進は経営的な目的に沿って開始されるものではありますが、それだけでなく、むしろ経営的な目的と親和性の高い現場的な目標設定をおこなうことができれば、ワーキンググループはもちろん、実際の現場でも新しい取り組みを導入するモチベーションにつなげることができます。

 

2.課題の抽出から機器の導入まで

具体的な目標を設定することができれば、それを実現するために何が必要になるかが見えてくるようになります。具体的に取得したい加算があれば、算定するためにどの様な業務や介入が必要となるかを想定し、実際にそれらをおこなうための時間を確保することを目指していきます。基本的には介護にあたる時間を増やしながら、それに該当しない間接業務(記録、掃除等)を抑制することを目指していくことになります。

ここで、前回紹介した「オペレーションの可視化」をまずおこないます。ここで基礎資料を得て、実際にワーキンググループで議題として上げることで、どこに改善の余地があるのか、またはどこに過度な負担やひずみが生じているのかを検討することができます。ここで見えた課題と、設定した目標設定に合わせて目標到達に必要と考えられる機器についての情報収集をおこなうという手順になります。

記録に時間がかかりすぎているということがわかれば介護ソフトについて検討が必要になるでしょうし、特定の職種、例えば機能訓練指導員の残業が常態化しているようであれば、計画書の作成をサポートするようなソフトの導入などが検討できます。実際に可視化された業務の流れを基にすることで、プロジェクトメンバー間の意見交換も活発になります。オペレーション表だけでは見えないような課題についても、提言してくれるようになるでしょう。

課題が見えてきたら、実際にそれを解決するまたは緩和することができそうな、ICT・介護ロボットを探します。1つの課題について、2~3つほどの候補を、インターネットでの検索や先行して導入している施設へのヒアリングなどを基にピックアップし、資料請求や担当営業の方の話しを聞くなどして検討を進めていきます。

ある程度、導入したい機器が絞り込めた段階で、可能なものは現場でのデモに進みます。その場合はこの前の段階で、職員全員を対象とした全体研修をおこないます。ワーキンググループだけではなく、導入には現場職員全ての理解が不可欠です。DX化は業務効率化そのものが目的ではなく、効率化を実現した先に実現したい目標があることをしっかり伝え、現場の理解を得ましょう。また、職員に対するサポートも徹底しておこなうということを伝え、不安を払拭することも大切です。

これらは、経営トップから直接伝え、DX化を成功させより良い現場を作っていくのだという力強いメッセージを送れるようにすると良いでしょう。

また、実際の研修までには動画やイラスト付きのマニュアルなどを用意し、実機に触れることができれば望ましいです。ただ、そこまでの準備が難しい場合は、メーカー等のスタッフに依頼して操作方法等については説明してもらっても良いでしょう。

実際にデモまでおこない、導入が決定した後は、現場で浸透させるための取り組みが大切になります。導入し、マニュアルを配布してそれで終わりではなく、マニュアルに設定した水準に到達できないスタッフがいる場合を想定して、しばらくの間、月に1回程度はフォローアップのための研修を実施することが大切です。これは、現場への浸透を図ることはもちろんなのですが、もし基準に到達できないスタッフの比率が高い場合は、研修の設定難易度が高すぎるという問題を抽出することにつながります。その時は、今一度マニュアルを見直す必要等がでてくるでしょう。

また、設定した目標が達成できているかの確認も大切です。加算の算定率や残業時間など、実際に設定した目標に関するデータはもちろんのこと、職員の意識の変化についてもアンケートなどを通じてモニタリングをおこなうと良いでしょう。ネガティブな反応がある場合、対策を検討する必要がありますので、大切なものとなります。目安として、検証は3ヶ月程度ごとに実施するのが適当でしょう。

 

3.実際にDX化を成功させた事例

ある社会福祉法人では、上記の手順でDX化を成功し、大きな成果を上げることにつながりました。

特別養護老人ホーム、通所介護、短期入所生活介護、定期巡回・随時対応型訪問介護、居宅介護支援、企業主導型保育などを運営しているこの法人では、業務負荷による職員の残業が慢性化しており、1年間の残業手当が約2,000万円にも上っていました。経営的視点からは残業手当の抑制、現場的視点からは職員の負担軽減を目標として、DX化を進めました。具体的には下記の4つを導入することとなりました。

 

①職員間コミュニケーションツール

業務上の連絡手段としてチャットワークを基礎ツールに設定し、グループチャットを事業所、ユニット、プロジェクト、委員会およびお客様単位で作成することにしました。その結果、情報共有のための資料作りや説明などの会議の時間が大幅に改善しました。

また、導入前は勤務変更希望や業務報告を電話連絡でしか認めないような風土が職員間で残っていましたが、緊急時以外はチャット連絡を認めると法人本部から発信したことで、報告のムダを省くとともに、アナログな手段を良しとする組織風土を改善することにつながりました。

 

②勤怠関連システム

勤怠関連システムを導入し、これまで紙のタイムカードとエクセル管理だったものをICT で管理するようになりました。こうすることで、毎月のタイムカードの作成、打刻票の確認、総労務時間集計、残有給数チェックなどの定期業務は自動化され、事務員を1 名削減につながりました。

また、職員にとっても、申請事項発生の度に紙の申請用紙に氏名から記入していた作業が、ボタン1つで完了するようになり、事務作業負担が大きく軽減されました。

 

③機能訓練計画作成評価ソフト

リハビリ計画や評価をアシスタントおよび書類作成する機能を活用できるようになりました。計画書はこれまで、機能訓練指導員が時間外で作成するのが通例になっていましたが、この時間を大幅に圧縮することに成功しました。

 

AI 音声入力介護記録システム

現場での業務の手を止めることなく記録が可能となるAI音声入力システムに対応している介護記録システムを切り替えました。導入時は普段デジタルに接する機会の少ない職員を心配する声も多数上がりましたが、現場職員が実際に試用する時間を確保し、AI音声入力についての理解を深めてもらうことから始めた結果、早期に正式導入を求める声に変わりました。介護記録は最も多くの職員が関わる業務であることから、1 人当たり数分の効率化であっても全体で大きな時間短縮につなげることができました。

 

以上の取り組みを段階的に実施していくことで、約2,000万円あった残業手当は4年間で約600万円まで減少させることに成功し、業務負荷が減った職員側からも改革に好意的な声が多く上げられました。

プロジェクトを主導された法人の理事長によれば、プロジェクト初期には「デジタルに不慣れな人も決して置いていかない」とのメッセージを繰り返し発信して職員の心理的不安を取り除くための工夫をおこない、フェーズごとにもトップが自信を持ってメッセージを発信し続けたそうです。こういったトップの発信が組織全体にポジティブに改革に望む雰囲気を醸成し、プロジェクトの成功を演出したことは間違いないでしょう。

 

以上の様に、DX化には飛躍的な成果を上げる変革となりえる可能性が大きくあります。しかし、それは経営・現場両面での意思が統一され、明確な目標に向かって段階を踏みながら進めていくことではじめて実現されます。是非、本コラムの内容を参考に、DX化成功の一助としていただけましたら幸いです。

株式会社スターパートナーズ代表取締役

一般社団法人介護経営フォーラム代表理事

脳梗塞リハビリステーション代表

MPH(公衆衛生学修士)齋藤直路