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抗菌薬の適正使用

2023.11.27

品川区薬剤師会は、医薬品の供給不足についての調査結果を公表した。特に多いのは鎮咳薬・去痰薬・抗菌薬で、これは他の地域でも同様だろう。このような状況下で薬局がメーカーや卸に責任を転嫁することには意味がなく、むしろ各社に各社の事情があることを踏まえつつ一体となって乗り越えていくしかないと筆者は考える。一方で、周知の通り抗菌薬については薬剤耐性が問題となっており、5月のG7広島サミットでも「薬剤耐性対策」が課題として取り上げられ、4月には先行して「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027)」が公開されたほどだ。したがって、抗菌薬の需要が増加し供給が追いつかない状況で適正使用も目指すという複雑な課題に直面していることになる。

抗菌薬の使用は医療だけの話ではない。畜産分野においては、飼料に抗菌薬を添加することがある。そして地域別・動物種別・抗菌薬別の使用量と耐性菌の出現率との間には相関関係がみられる。そのため、人間向けの抗菌薬使用と動物向けの抗菌薬使用とを一元的にモニターする体制が各国で取られるようになった。日本の場合、農林水産省は家畜を対象とした「家畜由来細菌の薬剤耐性モニタリング(JVARM)」を1999年から、厚生労働省は人間を対象とした「院内感染対策サーベイランス(JANIS)」を2000年から継続しており、連携をはかっている。

微生物学者のマーティン・J・フレイザーは著書「失われてゆく、我々の内なる細菌」(みすず書房)の中で「家畜に抗菌薬を投与すると肉の収量が増える」という現象が無菌状態で飼育した動物にはみられないことから、体重の増加に常在菌が関与しているという見解を示している。そして、同じ現象が人間にも起きている可能性を考えるべきではないかと指摘している。薬局関係者は治療薬としての抗菌薬という側面ばかりを考えがちだが、畜産分野における抗菌薬の使用や治療効果以外の国民への影響といった点もある程度意識しておいた方が良いのではないだろうか。

それはさておき、医療分野での適正使用という課題には、 「各国に共通した部分」と 「日本に固有の部分」とがあるだろう。前者に対する取り組みとして、4月のアクションプランでは米国・英国・スウェーデンの事例として抗菌薬の「使用量」と「売上高」を切り離す(de-link)試みを紹介している。

後者についてはどうだろうか?日本の抗菌薬の総使用量はEU諸国と比較すると低い方に属する。一方、抗菌薬の内訳をみると、ペニシリンの使用量が少ないことが特徴で、セフェム系やマクロライド系、キノロン系の使用量は逆に多い。そのため、日本では各系統に使用量を海外の水準まで削減するという数値目標を設定しており、先月、2016年から2020年にかけての削減量の中間報告が紹介された。

ここで気になるのは、「政策目標として海外並みの数値を機械的に設定することが現場でどのような混乱を招くか」ということを、私たちは「後発医薬品の使用率」という数値目標で体験している最中であり、その弊害を忘れるには早すぎるのではないか?という点だ。

おそらく、日本には日本の処方行為のクセをもたらす要因がいくつかあるはずで、それを慎重に見極めることが先決だ(病名の診断なしに治療目標だけを先に立てるのがナンセンスなのと同様に)。

たとえば、日本の医療の特徴に、「フリーアクセス」が挙げられる。また、医師は好きな場所でどんな科目でも開業することができる。したがって、筆者の身の回りでも特定の診療科目が至近距離にほぼ同時に開業してしまうといった競合関係が生じたことがある。このような場合に、処方行動はどのような影響を受けるのか?という問題は「臨床薬学」の重要な研究対象となるだろう。つまり、風邪で内科を受診するとして、抗菌薬を処方する診療所Aと、なかなか処方しない診療所B、という2つの選択肢があった場合に、患者はどちらを選択するか?その選択は処方医の行動にどのように影響するか?といった時系列データは薬局から得ることができ、医薬品の適正使用を考える上で基礎的な情報になるはずだ。

 

「薬業時事ニュース解説」

薬事政策研究所 代表 田代健