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業務継続計画(BCP)策定について

2021.11.16

業務継続計画(BCP)策定について

株式会社スターパートナーズ 代表取締役
一般社団法人介護経営フォーラム 代表理事
脳梗塞リハビリステーション 代表
MPH(公衆衛生学修士)
齋藤 直路

 

              • 介護報酬改定で求められている業務継続計画の策定

              令和3年度の介護報酬改定によって新しく義務化された事項に、介護事業所における業務継続計画の策定があります。業務継続計画は” Business Continuity Plan”の訳語で、一般的には事業継続計画と訳され、略称のBCPで呼ばれることも多くあります(以下、BCPと呼称します)。

              厚生労働省から提示されている解釈通知には、大きく以下の「①業務継続計画の策定」「②研修」「③訓練(シュミレーション)」の3つの事項が示されています [ⅰ]。今回は、その解釈通知のポイントを解説し、事業者の皆様がどんな準備をすればよいか整理をしていきます。

               ①業務継続計画の策定

              「感染症や災害が発生した場合にあっても継続的に実施するための、及び非常時の体制で早期の業務再開を図るための計画」としてBCPを定義し、その策定を求めています。「感染症に係る業務継続計画」および「災害に係る業務継続計画」を地域ごとに想定される災害に従って策定することが求められていると同時に「感染症及び災害の業務継続計画を一体的に策定することを妨げるものではない」ともされています。

               ②研修

              「職員教育を組織的に浸透させていくために、定期的(年1回以上)な教育を開催するとともに、新規採用時には別に研修を実施することが望ましい」とされています。研修の実施内容についても記録することが求められています。また、「感染症の業務継続計画に係る研修については、感染症の予防及びまん延の防止のための研修と一体的に実施することも差し支えない」とされています。

              ③訓練(シミュレーション)

              「感染症や災害が発生した場合において迅速に行動できるよう、業務継続計画に基づき、事業所内の役割分担の確認、感染症や災害が発生した場合に実践するケアの演習等を定期的(年1回以上)に実施」するものとされています。これも感染症対応の訓練と一体的に実施することが認められており、また「机上を含めその実施手法は問わないもの」とされています。これは、実際の非常時と同じ状況でシミュレーションをおこなうことが困難であるためです。

              以上の事項を実施するために3年間の経過措置が設けられており、令和6年3月が期限となっています。BCPの策定そのものは、解釈通知にも示されている通り厚生労働省の「介護施設・事業所における新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン」及び「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」に示されており、基本的にはこれらを参考に進めていくことになります[ⅱ]。

              • ガイドラインのポイント

              厚生労働省より示されているガイドラインには、抑えるべきポイントが何点かあります。以下に主要なポイントを解説していきます。

              ①基準外の法人本部BCP策定の促進

              基準上、必須ではないですが、「法人本部は各事業所と連携しながらBCP を作成すること、法人本部と施設・事業所や、施設・事業所間の物資や職員派遣等の支援体制についても記載することが望まれます」と、法人単位でのBCPの策定が推奨されています。これは、実際の非常時を考慮すると、単独事業所ではなく法人内、地域内、行政単位での協働が必要となるためです。基準を満たすことだけを求めるわけではない、「実際の運用に耐えうるBCP」の策定を目指す上では、この考えは必須になります。

              「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」より

              ②業務継続の考え方

              一般的なBCPは「事業継続計画」と訳され、主として事業の早期復旧と経営の持続を目指したものとなります。介護事業においては従来の考えに加えて「利用者の多くは日常生活・健康管理、さらには生命維持の大部分を介護施設等の提供するサービスに依存しており、サービス提供が困難になることは利用者の生活・健康・生命の支障に直結」することから、他の業種よりもサービス提供の維持・継続の必要性が高いとされています。そのため、訳語も「業務継続計画」とされているものと推察されます。

              また、この際、「利用者の生活・健康・生命の支障に直結」する業務である程、サービス提供の維持・継続の優先順位が高くなることも考慮が必要となります。

              ③策定すべき項目の種類

              解釈通知に示されている、BCPに記載すべき事項はガイドラインの中にも示されています。また、同時に提示されている「ひな型」とガイドラインは対応しているので、ガイドラインを参照しながら「ひな型」に示されている事項を記載していくという形を取れば、基準として求められる事項を漏らすことなく、BCPを完成させることができるでしょう。

              「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」より

              以上の様に、基本的には厚生労働省より示されているガイドライン等を参照することで、求められるBCPの策定は実施することが可能です。

              • より精度の高いBCPを目指す

              基準で求められるレベルのBCPを策定するためには、既に示されているガイドライン等を活用することで対応が可能ですが「実際の運用に耐えうるBCP」とするため、法人本部BCPの策定や、体系的な分析手順を取り入れることが有効です。

              そこで必要となるのは優先業務と経営資源を正しく把握し分析するためのプロセスです。まず、事業所ごとに業務の種類を列挙し、それぞれの業務が緊急事態発生後、どの程度の時間で復旧を目指すべきかを整理しましょう。その際、最も人員の配置が少ない「夜間」を緊急事態が発生する時間の基準として、その後、経過した時間ごとに「6時間」「12時間」「1日」「3日」「7日」といった単位で経過時間を区分けします。そして、それぞれの経過した時間ごとに、どの程度の内容まで実施できると良いかを整理していきます。

              例えば、食事介助の場合、「夜間」には急いでおこなう必要はないが、「6時間」経過した段階では備蓄を使って必要最低限のメニューが提供できるように、「3日」経過したときには光熱水復旧の範囲で調理が再開できるように、といった具合です。これらを全事業所で策定し整理することで、事業所を横断した、法人全体での業務の復旧優先順位も整理することができます。

              復旧する業務の優先順位を付けた後、業務それぞれの分析をおこないます。ポイントは「通常時×緊急時」「業務内容×経営資源」のクロスで、業務の分析をおこなうことです。まず、緊急時にはどの様な手順で必要最低限の業務をおこなえるかを検討しマニュアルの策定をおこないます。食事介助の例の場合、緊急時に提供する必要最低限のメニューとは何かを検討し、どの程度の備蓄・備品が必要で、どの程度の人員が必要かを分析、その手順をマニュアル化します。こうすることで、緊急時にも必要最低限おこなわなければいけない業務の手順や、そのために必要な経営資源が分析されます。

              こうした業務分析を全事業所・全業務でおこない、今度はそれを取りまとめていくことで、具体的な目標復旧時間内に、どの経営資源がどの程度必要かがわかるようになります。更に言えば、緊急事態発生後、どの程度の時間が経ったことで、どの程度の人員が必要になるかも分析することができます。これをもとに、法人全体の人員をどの業務に割り当てていくか、検討することが可能になり、ガイドラインで示されている下図の様な「重要業務の継続」の計画を立てることができるようになります。

              「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」より

              また、上記の様な手順で業務を分析し、計画を立てたとしても、緊急時にそれを実践できなければBCPの目的は達成できません。マニュアルの整備や、研修、訓練(シミュレーション)をおこなうことで、非常時にも対応可能なBCPの完成に近づくことができます。

              特にマニュアルについては、法人内はもちろん、外部からの支援があった際も有効です。緊急時にもすぐに取り出せるよう、印刷した上で常備しておくことが大切です。

              • BCP策定にあたって

              ガイドラインを確認しながら、ご紹介させていただいた手順で、法人を横断するBCPを策定するためには、誰か特定の担当者が全てを担うということは難しいのが現状です。事業所の状況を、詳細に正しく把握していなければ対応できないケースがあまりにも多いからです。

              実際の策定をおこなう上では、各事業所の業務や状況を正確に把握・分析し、それを積み上げた上で法人内の経営資源の調整をおこなうという手順になりますので、それぞれの事業所の状況をよく知る事業所職員と、法人全体を把握している法人本部職員からなるワーキンググループを組織し、策定を進めるのが良いと考えます。各事業所の担当者が事業所の状況を共有し、それをBCP策定の担当者となる法人本部職員が取りまとめるという形が理想でしょう。

              BCPは、非常時に利用者や職員、そして法人を守るための要となります。是非、時間を惜しまずに実際の運用に耐えうるものを目指していただきたいですが、当初から完璧なものはまずできません。研修や訓練(シミュレーション)を通じて、都度見直しをおこなっていくことで、少しずつ理想の形に近づいていきますので、その期間も考慮して準備されることをお勧めします。

              通常、ワーキンググループを通じたBCPの策定には6~9ヶ月程度の期間がかかることが想定されます。これに研修や訓練(シミュレーション)の期間を加えると、試験運用をおこなうだけで1年近くかかるケースもありえるということです。できる限り早期に着手することが、より完成度の高いものを作る上でも大切になります。是非、本稿をきっかけに、BCP策定についての取り組みをお考えいただけましたら幸いです。

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              [ⅰ] http://www.roken.or.jp/wp/wp-content/uploads/2021/03/vol.934.pdf

              [ⅱ] https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/douga_00002.html