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介護現場における生産性の向上と業務効率化①

2021.11.17

介護現場における生産性の向上と業務効率化①

株式会社スターパートナーズ 代表取締役
一般社団法人介護経営フォーラム 代表理事
脳梗塞リハビリステーション 代表
MPH(公衆衛生学修士)
齋藤 直路

 

                • 介護報酬改定と業務効率化の必要性

                令和3年の介護報酬改定を受けて、介護事業所の運営に求められる様々なことが変わりました。業務継続計画(BCP)やLIFE等の科学的介護、その他新加算等について、新しい取り組みを進められている事業所も多いことかと思います。

                職員からは現在の業務で手一杯で、更に新しいことをするのは難しいという声も聞かれているようですが、とはいえ、介護報酬は抑制の方向にあり、売上を維持するには加算を算定していかなければなりません。特に令和3年の改定以降、LIFEや科学的介護の推進の方向性に大きく舵が切られています。LIFEとの連携を要件とした加算が増え、また今後もその傾向が続くことが考えられます。科学的介護を推進する上では「測定」「入力」「報告」といった仕事も実施できるような体制を構築することは必須と考えて良いでしょう。

                「令和3年度介護報酬改定の主な事項」(2021年3月、厚生労働省)[ⅰ]

                現場では既存の業務で手一杯という状況下で、LIFEに対応したり、新加算を算定していくためには、できるだけ業務を効率化しそのための時間を捻出しなければなりません。このためには、生産性の向上や業務効率化が必要となってきます。

                しかし、「業務を効率化する」と一言でいっても、世の中には様々な誤解が存在しています。当社主催のセミナー等で「介護現場の業務効率化」という言葉についてのイメージを伺うと、様々なご意見をいただきます。「『介護ソフト』『タブレット端末』『ロボット』といったIOT・ICT技術の導入」「優れた機器を導入できれば一挙に効率化が図れる」といったIOT・ICT技術の導入により達成するというイメージをお持ちの方もいらっしゃる一方で「利用者との会話の時間を削ったり、介護の内容を簡素化するなど、対利用者の業務時間を削減する」「人の手を省く冷たいイメージの介護」といった介護を犠牲にしてしまうのではないかという声、「ただでさえ忙しいのにこれ以上新しいことは無理」「介護は効率化できない」といった現場職員の反発を懸念する声等、ややネガティブな意見も聞かれます。

                これらのご意見は、イメージがやや先行して正確ではありません。介護現場における生産性の向上と業務効率化を進めていくためには、まずは正しい考え方を知り、そして実際の取り組み方について理解する必要があります。これらの一連の流れについて、今回解説させていただきます。

                • 業務効率化を図る上でのポイント

                まず、業務効率化を図る上で大切なのは職員の理解を得ることです。介護現場でよくあることとして「効率化」という言葉に対して職員から「介護は効率化できない」「利用者を置き去りにする」といった声が聞かれます。職員に対して正しく伝えるためには、まず「介護事業所における業務効率化とは介護を効率化することではない」ということを理解しなければなりません。

                「介護サービス事業における生産性向上に資するガイドライン」では下図の様に示されています[ⅱ]。

                「介護サービス事業における生産性向上に資するガイドライン」(厚生労働省老健局)[ⅱ]

                介護現場における生産性の向上は、図の左側の「①質の向上」にあるように、ケアに直接関係しない業務時間や内容を相対的に削減することで、ケアに直接関係する業務時間や内容を増やすという考え方です。つまり、ケアに直接関係ない業務の効率化をおこなうことで、ケアに必要な時間をより多く確保するというのが基本の考え方となるのです。

                前述した通り、業務の効率化を図っていきたいそもそもの目的は、科学的介護の推進に対応することや加算に必要な取り組みを増やすことです。これは、ご利用者の状況についてより多くの情報を管理したり、介入の量を増やすことを通じて、介護の質を高める取り組みともいえます。つまり「介護の質・量」を高め、ご利用者の為になる取り組みを推進するためにその他の業務を効率化するという目的を伝えることで、職員の理解を促していくことになります。

                一例として、機能訓練と栄養状態の関係などが挙げられます。「ADL」の改善には個別機能訓練での身体的なリハビリテーションを通じた介入がフォーカスされがちですが、実は「栄養」の観点も重要となります。以下は、弊社でおこなったデイサービス事業所での利用状態の調査結果の一例になります。(栄養状態の評価にはネスレ社の「簡易栄養状態評価表(MNA-SF)」を利用しています)

                「運動特化型半日型デイサービス(登録100名程度)のケース」(スターパートナーズ調べ)

                機能訓練を目的とした、平均介護度の比較的低い事業所でも、低栄養もしくは低栄養リスクを抱えた利用者が約4割存在しているという結果になりました。適切な機能訓練を実施していたとしても、低栄養に対するスクリーニングと適切な介入ができていなければ身体機能の改善、ひいては基本動作やADLの改善に結び付けることはより困難となります。

                こういった事例を示すことで、ご利用者の状況を正しく把握することで介護の質が高められる可能性があるということを職員に示し、新しい取り組みの重要性と、それを実現するために業務を効率化し時間を創出することの重要性をお伝えできるかと思います。

                • 効率化とはICT化のみが手段ではない

                現場との意思統一ができたところで、業務効率化を進める段となります。この段階で、多くの事業所ではまず、ICT機器の導入について検討をされることと思います。しかし、ICTの導入が必ずしも生産性の向上につながるわけではありません。

                とある施設では、設立から30年が経過、半数以上が創業時からのスタッフで運営されており、記録も創設以来ずっと紙でおこなっていました。時代の流れを受けて、施設ではソフトの導入を決定しましたが、ほとんどのスタッフがパソコンを利用できませんでした。また、データ入力可能なパソコンも1台しか導入しませんでした。結果、業務負荷がパソコン入力のできる一部のスタッフに集中してしまったり、データの入力時間が重なることで渋滞が生まれ、従来より記録に時間がかかる結果となってしまいました。

                また、別のデイサービスでは、コミュニケーション型のロボットを導入しました。導入当初は既存のプログラムを活用しレクリエーションなどを実施していましたが、だんだんとプログラムがマンネリ化してきてしまいました。導入時には、プログラムをアップデートすることで多彩なレクリエーションが実施できるという話ではありましたが、アップデートにもスキルが必要であったことから現場では十分に使いこなせず、やがて活用されなくなってしまいました。

                この様に、ICTや介護ロボットを導入したからといって、すなわちそれがすぐに業務効率化につながるとは限りません。場合によってはせっかくの投資が無駄になってしまったり、かえって現場を混乱させてしまうという場合もあります。ICTや介護ロボットの導入は、あくまで生産性向上の手段の一つに過ぎません。現場の状況を正しく理解し、現場の状況に合わせた施策を実施していくことが重要です。その上で、ICT導入が業務効率化をおこなう上で有効であると明確に判断できた場合には、その時点で検討を開始するというのが良いでしょう。

                • 実際に効率化を図っていくための手順

                では、実際に現場の状況に合わせた施策を実施していくためには、どの様な手順で進めていけば良いのでしょうか。まず初めに実施したいのは管理層のみではなく、現場のメンバーも含めたワーキンググループを組織することです。業務効率化委員になる職員1~2名、現場の中心となる職員を2~3名程度選定すると良いでしょう。ワーキンググループ組織後、まずおこなうべきことは目的・目標を明確にすることです。「経営的な目標」「現場的な目標」の両面から検討し、グループの中で共有することが必要です。

                「経営的な目標と現場的な目標」(スターパートナーズ作成)

                経営的な視点に加えて現場的な視点で目標設定をすることで、現場のモチベーションにつなげましょう。現場職員の積極的な協力を得るためのポイントとなります。また、「経営的な目標」の視点も重要です。特に取得したい加算がある場合、どの様な業務や介入が必要となるかを想定します。実際に加算を取得するために必要な時間がどの程度になるかがわかれば、効率化を通じて確保したい時間・業務量が明確になります。それを目標値とすることで、現在の業務状況と比較検討しながら、業務効率化の計画を進めていくことができます。

                また、全体への研修も必要になりますので、ワーキンググループが中心となって企画すると良いでしょう。繰り返しになりますが、業務効率化は現場の状況に合わせて、協力を得ながら進めていく取り組みとなります。業務効率化は効率化そのものが目的ではなく、科学的介護や自立支援の促進等、実現したい目的がその先にあることを職員全体に伝えなければなりません。目的を明確化した上で、ワーキンググループの活動についての協力を要請しましょう。

                そして、現場の状況の正しい把握を開始します。これについては「職員へのヒアリング」「職員の業務表の確認」等を実施することが一般的方法と考えられています。しかし、ヒアリングやスケジュール表に基づいた現状確認は主観に左右されやすく、実際の業務の流れを反映していない可能性もあります。特に職員へのヒアリングを実施しても「多忙である」「人が足りない」「手のかかるご利用者」などの話になり、正確な状況を把握しかねるケースも多いです。

                お勧めしたいのは、数日間、実際の職員オペレーションを確認するための取り組みをおこなうことです。1日の全職員の動きをサンプリングすることでオペレーションを全可視化します。職員一人ひとりが共通の様式に実施業務を記入し、それを集計することで、全体の流れを見える化することができるようになります。

                「オペレーションの可視化の一例」(スターパートナーズ社調べ)

                上記の様にオペレーションを可視化した後、業務時間の多い業務やオペレーション上の齟齬を検討し、業務改善計画を立てていきます。この時、サービスの提供時間や、サービスにかける時間・意識・職員配置が適正であるかの再確認や、特にマンパワーが必要な時間帯の把握、業務間の相互の影響の検討等をおこないます。この際に、仕組みの導入で時間を短縮できる可能性はないか、本当にこの業務は必要か(“当たり前”になっていないか)、固定の時間で提供しているサービスも前後移動できないかといった、これまで当たり前だったことを見直すという視点も重要になります。

                • 具体的な事例

                前述のオペレーションチェックで改善した事例があります。とあるデイサービスでは午後の時間帯に新しく個別機能訓練プログラムを実施することを想定していました。現状としては、入浴が午後に長引くなどの影響で、実施が難しい状況でした。

                そこでオペレーションチェックを実施したところ、送迎の出発の時間のばらつきが職員の戻る時間のばらつきに影響し、そして更に入浴の開始の遅れにつながって、午後の時間帯にまで影響を及ぼしているということがわかりました。そこで、送迎時間と入浴開始時間、入浴終了時間を明確にルール化することとしました。また、午後の時間帯に実施していた30分程度のティータイムを取りやめ、面談やプログラム提供に転換することを決定しました。結果、職員の意識づけができたことで入浴も概ね午前中に終わり、午後の時間に個別機能訓練プログラムを実施、加算を算定することのできる体制が構築できました。

                この様に、実態を把握し実施すべき対応を整理することで、業務効率化がされるということもあります。また、実態を把握した結果、ICTの導入が有効であるという判断がもちろんされる場合もあります。

                記録業務については、特定の職員は早いがそれ以外の人はどうしても時間がかかってしまうという場合があります。そんな時には、音声入力機器や記録フォーマットの整備等をおこなうことでキー入力速度を最適化し、記録時間の短縮につながったという事例があります。

                また、入浴導線が長い施設等の場合に、入浴のタイミングを適宜知らせるための手段としてインカムを導入しているケースもあります。施設が広い場合等、人を探す時間が多くなったりしている場合等も、有効な手段と言えるでしょう。こういったICT機器を導入するときも、ワーキンググループで吟味し、使用する上でのルールの設定をおこない混乱を避ける工夫なども必要となるので注意しましょう。

                以上の様に、介護現場における生産性向上や業務効率化を図る上では、是非抑えておいていただきたいポイントが数多くあります。是非、当レポートをご参考としていただき、皆様の事業所でのお役に立てていただけましたら幸いです。

                ―――――――――――――

                [ⅰ] https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188411_00034.html

                [ⅱ] https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-seisansei.html