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介護事業所における人事制度構築のポイント①

2021.11.25

介護事業所における人事制度構築のポイント①

株式会社スターパートナーズ 代表取締役
一般社団法人介護経営フォーラム 代表理事
脳梗塞リハビリステーション 代表
MPH(公衆衛生学修士)
齋藤 直路

 

    • 人事制度構築の目的

    人材不足は介護業界においては大きな課題となっています。厚生労働省の「一般職業紹介状況」によると、令和3年11月時点での介護業界の有効求人倍率は3.7倍となっています[ⅰ]。また、「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」では、2025年時点で約32万人の介護職員が不足するといわれると指摘されており、職員の採用はもちろん、その定着率を向上させるための取り組みが求められています[ⅱ]。

    それを考える上で、厚生労働省の「介護人材の確保について」を見てみますと、介護職の離職理由は上位から「結婚、出産・育児」「法人・事業所の理念や運営のあり方に不満があった」「職場の人間関係に問題があった」となっています[ⅲ]。

    「介護人材の確保について」(厚生労働省)

    このうち「結婚、出産・育児」については(待遇の改善、事業所内保育所の整備等、手はあるものの)ライフイベントとしてやむを得ない事情といえますが、離職を予防する上では「法人・事業所の理念や運営のあり方に不満があった」「職場の人間関係に問題があった」については何らかの対策を立てる必要がありそうです。

    「法人・事業所の理念や運営のあり方に不満があった」につきましては、単純な人材のミスマッチともとることができますが、そこには大きく2つの問題が見えます。1つ目は、本当に法人に合わない人が入職してしまう環境を作ってしまっている可能性があること、2つ目は、本当は合う可能性があるのにその溝を埋めることができずに離職につながってしまっている可能性があることです。前者についてはミスマッチの起こりにくい仕組み、後者については法人の考えをしっかりと伝える仕組みが必要となりそうです。

    「職場の人間関係に問題があった」については、マネジメントの課題といえるでしょう。この場合、チームワークの浸透や、ミドル層のマネジメント手腕が課題として挙げられます。これらを防ぐための仕組みを作り、更に職員の成長にもつなげていくことが大切です。

    • ミスマッチを予防するための考え方

    まずはじめに、ミスマッチを減らすための考え方について考えてみましょう。

    大前提として、入職時から法人側の思い描く「仕事観・介護観」を持った職員はいないと考えた方が良いでしょう。皆、少なからず自分なりの「仕事観・介護観」を持ったうえで求人へ応募してきます。その状況で入職し、いざ現場に入っていくことになれば、少なからず実際の介護現場と自分の考え方との間にギャップを感じます。そのギャップが大きくなれば大きくなるほど「法人・事業所の理念や運営のあり方に不満」を持つようになります。

    まず必要なのは、自法人の考えや取り組みについて、初期の段階でしっかりと、そして具体的に伝えることです。まず考え方の出発点(マインドセット)が明確になっていなければ、職員の現場での動きは自己解釈に頼ることになり、やがて本来の意図から離れた動きをし出してしまうようになります。それを防ぐために重要なのは、理念や仕事観で考え方を伝えるだけでなく、どんな姿勢、どんな行動を望むのかまで具体的にかみ砕いて伝えることです。

    例えば、利用者の支援をおこなうのが我々の使命だと伝えたとします。このとき、マインドセットがしっかりできていない場合、ある人は(利用者に尽くしたいという思いが強いほど)利用者への配慮、コミュニケーションに偏って自立支援の考えがおろそかになる可能性がありますし、ある人は(利用者が元気になる姿を望むほど)「能力の向上」にこだわりすぎ「尊厳の維持」、本人の意思を軽視した支援をおこなう危険性があります。

    言葉の解釈一つとっても受け取り方によって大きく異なるので、基本となる考えの下、すべての行動に意味があるということを伝える必要があるのです。

    そして、これは介護動作に限ったことではありません。

    働き方やチームの中での動き方、コミュニケーション、自己研鑽、果ては基本的なルールまで、基本的な考え方があって、それに基づいて求められる行動であることを示す必要があります。利用者のためになるサービスを提供するということは、満足いただけるサービスを提供しつつ、その対価を得て、適正な事業運営を継続的におこなうこと全体を指すので、経費削減や生産性の向上、利用者に提供できるサービスの限界を決めなければならないということも、これに含まれるでしょう。

    ここまでかみ砕いて伝えることが出来た上で、「自分とは合わない」と考える方はミスマッチですし、共感を得る事ができれば実際の現場と理想の溝を埋めることができ得る人材であると考えることができます。もちろん、それを判断できるのは、掲げている理念や行動規範と現場が合致している場合に限るのは言うまでもありません。

    • 理念・実践体系の見える化・テキスト化

    人材のミスマッチを無くすためには、考え方と具体的な行動をあらかじめ伝えるための手段として、それらの見える化があります。それらを書類などで実際に見てわかる形、採用面接時に使用する説明資料や、入職時の研修テキストとしてまとめることです。

    面接時説明資料では、最も基本となる考え方や介護現場で具体的にどの様なことを意識して行動して欲しいのかについて説明し「自分のしたい介護」「自分のしたい仕事」とずれがないかの確認をしてもらいます。

    ここで一番基本となる考え方が合わない方は、そもそもミスマッチですから、ここで辞退をしていただくことになります。

    研修時テキストでは更にそれらの理解を確認するワークや就業ルール等の詳細まで明記してわかりやすく伝えます。主な項目としては以下の様なものになります。

    〇経営理念       〇私たちの目指す介護  〇キーワード

    〇今年度の目標     〇禁止事項       〇基本ルール

    〇社会人としての在り方 〇個人情報の取り扱い  〇求める人材像 等

    どの項目を伝えるかは法人様それぞれですが「経営理念⇒目指す介護⇒キーワード」の流れは是非盛り込んでいただきたいです。「経営理念」のイメージを「目指す介護」で伝え、さらに具体的な現場での取り組みを「キーワード」で表現することで、考え方と実際の行動を結び付けて考えることができるからです。基本ルールや個人情報の取り扱いなども、盛り込むことが多いです。最近は、基本的なビジネスマナーを伝えたいというニーズも増えてきているように感じます。

    これらを作り上げていくときに忘れてはいけないのは、現場の声をしっかりと盛り込むことです。こちらの説明資料やテキストで学び、法人の介護や考え方について理解した新入職員が向かうのは現場となります。そこで、テキストに書かれていた考え方や行動と、実際の現場とが全く違ったとき、新入職員はどの様に思うでしょうか。おそらく、何も知らされない状態で現場に入ったとき以上に、がっかりしてしまうのではないでしょうか。

    ですので、これらを作成する際は、現場職員も交えたワーキンググループを組織し、考え方をまとめ、文章化していく方法が良いでしょう。この時、現場の仕事の進め方をくみ取ることも重要ですが、法人としての考え方を示した上で、現場の仕事とのすり合わせ・再検討をすることも重要です。テキスト完成後は、既存職員にも一度研修の機会を設けると良いでしょう。

    • チェックリストを活用したOJT体制の構築

    理念に共感し入職していただいた、テキストを活用した研修を修了した後の仕組み作りの考え方についてお伝えします。基本の考え方に同意してもらえてはいますが、入職直後は当然、法人職員としてはまだまだ見習いです。大きな方向性については理解していても、その場面その場面での対応、やらなければいけないこと、やってはいけないことを全て理解しているわけではありません。これらを教えるためには、伝えたい事項をまとめたチェックリストを作成して活用するのが効果的です。

    チェックリストを活用することの意義は大きく3つあります。

    1つ目は、教えなければいけない事項を棚卸して教え漏れを無くせる事、2つ目は成長が目に見えるのでモチベーションアップにつながること、3つ目は複数人での指導に適していることです。

    特に介護現場ではシフト制を敷いていることもあり、指導者が複数人に渡ることがあります。そんな場合には「●●さんに教えてもらったことと、△△さんに教えてもらったことが違う」という声がよく聞かれるのではないでしょうか。チェックシートを整備することで、教える内容とその要点を統一し、全員が同一の意識で指導に当たれる体制を構築しましょう。

    項目としては、日々おこなうルーチンワークや、知っておかなければいけない考え方、心掛けるべき行動や姿勢について盛り込むのが良いでしょう。

    チェックリストもテキストの作成と同様、現場の声をしっかり反映させることが重要です。

    重要性・頻度と難易度と考慮しながらできるだけ具体的に設計し「①重要性・頻度高×難易度低」、「②重要性・頻度低×難易度低」、「③重要性・頻度高×難易度高」、「④重要性・頻度低×難易度高」といった形で教える優先順位をつけると、無理のない運用をすることができます。

    「教育の優先順位」(スターパートナーズ社制作)

    • 入職後のフォローアップ体制

    基本的に、ここまでお話ししてきたのは「いかにミスマッチを防ぐか」「いかに均質的な教育ができるか」、それを仕組み化するかがテーマでした。どちらかというと、きちんとした仕組みを整備ししてしまえば、教育そのものが進めやすくなるというものでした。

    最後に実施していただきたいことは、入職後定期的にフォローアップの面談を実施することです。

    どれだけ体制を整備したとしても、人間は機械の様に全て思い通りに動くことはありません。思うようにいかないことや、やはり現場での多少のギャップを感じ、悩むことも多くあります。理念の浸透や定着率の向上を図っていく上では、入職当初に限らず職員の悩み・課題を共有し、伝わり切らなかった意図をきちんと伝えることや、問題を解決する手助けを面接を通じておこなうことで、法人への理解を少しずつ深めていってもらうことが大切です。

    面談のタイミングとしては入職後1週間、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、6ヶ月とし、その後は半年ごとの定期面談に移行していきましょう。時間としては30分程度、流れとしては、まずいきなり本題に入るのではなく、「仕事には慣れましたか?」「○○ができるようになりましたね」といった形で、まずは相手の近況について軽く会話をし、緊張をほぐしましょう。

    その上で、「○○さんが入職してから1週間経ったけど、何か困ったこととか、悩んでいることがあったら、しっかり解決していけるようにしたいと考えています。だから、気負わずに話を聞かせてください」という風に、面談の趣旨を説明しましょう。面談の目的が指導ではなく、問題があったら一緒に解決していきたいから、と伝えるところがポイントです。

    本題では、職場環境をどの様に感じているか、悩んでいること・困っていることはないか、伝えておきたいことはないかといった様に、主に相手の考えを引き出すことに注力します。見解の相違があった場合は、法人としての考え方を丁寧に伝えましょう。指導現場で実際に課題が発生している場合には、先輩職員に方向性を伝えなおすことも必要です。いずれの場合も、早めに課題を発見し、早めに対処することが重要です。基本的には、指導の場ではなく、お互いの意見をしっかりすり合わせをおこない、今後に対して前向きな話をしていくという場にしましょう。面談の担当者が複数に渡る場合は「面談シート」などを整備して、面談の流れや各設問の意図や話し方、その解答の記入欄などを1枚のシートにまとめると良いでしょう。

    これは、ある程度組織が大きくなった場合も有効です。更なるフォローアップが必要と感じられる場合は、管理者などが追加で面談をおこなうようにしましょう。

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    [ⅰ] https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/114-1.html

    [ⅱ] https://www.mhlw.go.jp/content/12004000/000804129.pdf

    [ⅲ]https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000075028.pdf