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高額医薬品の問題
2024.03.25
IQVIAの国内医療用医薬品の年間売上高ランキングによると、2023年は上位7品目が1000億円を超えた(オプジーボ、キイトルーダ、リクシアナ、ラゲブリオ、タケキャブ、イミフィンジ、タグリッソ)。抗腫瘍剤に関しては適応症の追加が後押ししている。オプジーボは、1月に中医協で指定された市場拡大再算定の適用対象23成分に含まれている。キイトルーダのほうは2020年に指定されており、4年間は再指定しないということで今回は対象外となった。
この7品目だけで売上高は9200億円弱にのぼり、医療用医薬品全体の売上高の8%を占めている。
一方で、出荷調整などで供給に問題のある医薬品は全体の25%ほどとなっており、状況は改善していない。薬物治療のサプライチェーンを俯瞰すると、利益を生むプロセスと利益を生まず労力ばかりがかさむプロセスとが二極化しはじめており、後者については製薬企業の「諸般の事情による」撤退が事態をさらに悪化させているように見える。このように一部の医薬品に利益が集中し、特許の切れた薬が不採算に陥って供給が不足しがちになるという現象は日本に限ったものではなく、欧米、特に薬価制度の存在しないアメリカでも見られる。したがって、ある程度は普遍的な現象なのだろう。
アメリカの場合、ジェネリック医薬品の業界団体「アクセスしやすい医薬品協会」(The Association for Accessible Medicines、旧「米国ジェネリック医薬品協会」)がまとめたレポートでは、医薬品の供給不足の主な要因を
1. 過当競争
2. 政府による価格抑制政策
3. 過剰な規制
と大別している(*1)。1の過当競争に対して2.や3.のような規制を何らかの形で導入しなければ医療の品質を維持できず、さらには社会保障そのものが破綻してしまうという危機感を各国が持っているからこそ、これらの競争と規制のミックスが存在せざるをえず、どの程度の規制をかけるべきかという問題になる。日本でもこの状態はかなり一致しており、一方で稀少疾患に対する画期的な新規医薬品などはこれらの条件を免れているため、価格は高騰し、適応症の追加と市場拡大再算定といったイタチごっこが発生している。
それでは薬価はどうやって決めたら良いのか?という疑問に対して、費用対効果を評価するという方法が一部で導入されている。これはQALY(質調整生存年)を評価するわけだが、その倫理的な土台には経済学者アマルティア・センによる「潜在能力アプローチ」の概念がある。
センは開発途上国での投資を論じる著作の中で以下のような主旨の問いかけをしていた。次の3人のうち、最優先に施しを与えるべきなのは誰だろうか?
1. 生まれつき町で一番「貧しい若者」
2. 元々裕福に生まれたが、不幸に見舞われ、町で一番「転落した若者」
3. お金を投資すれば一番「成功しそうな若者」
ジョン・ロールズの正義論では1.のもっとも不幸な人に投資すべきだとされる。2. は効用主義のアプローチで、変化の大きさに注目する。3.がセン自身の「潜在能力アプローチ」と言われる立場で、「能力」に投資すべきだとしている。これらの立場のどれが正解ということではなく(さらにこの3択に限る必要もなく)、異なった価値観の間での議論や妥協が必要なのだ。
同じような議論は、薬剤費をどのように配分すべきかという問題にも当てはまる。
ところで、IQVIAの市場予測では、2019年から2027にかけて、世界全体で医薬品市場は3-6%成長すると予測しているのだが、日本に限ると-2%-1%と突出して低い成長率が予測されている(*2)。つまり、日本でも欧米でも薬剤費を抑えるために同じような政策をとってはいるが、市場そのものの状況はまったく異なるということだ。医薬品市場の縮小という事態は政府による社会保障支出の抑制という側面に限れば「成功」だと評価できるのかもしれないが、日本の製造業の成長や国民の福祉、要するに日本の国力という観点からは異様な状態なのではないだろうか?
薬剤師や薬局関係者は、これまで薬価というものに対して、納入価以外のことがら、たとえば決定プロセスや薬剤費の配分といったことに対してあまり関心を持ってこなかった。薬剤師が薬の専門家を名乗るのであれば、調剤報酬の改定に一喜一憂し右往左往することに割いている業界全体の莫大なリソースを、「薬価をどのように設定することが国民のためになるのか」という困難な問題に回すほうが社会にとって有用なのではないだろうか?
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*1 Association for Accessible Medicines|Drug Shortages: Causes & Solutions
*2 The Global Use of Medicines2023
薬事政策研究所 代表 田代健