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薬局のカスハラ対策

2025.02.20

 

【目次】

  1. カスタマーハラスメント対策の義務化
  2. カスタマーハラスメントと応需義務
  3. 薬局の格

 


1.カスタマーハラスメント対策の義務化

厚生労働省の労働政策審議会は127日、労働者施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)について、『顧客による「社会通念上許容される範囲を超えた言動」によって従業員が被害を受けることのないように事業主が措置を講じなければならない』と定める条文を含む改正案を承認した。同省は2022年に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表している(注1)。

一方で、日本薬剤師会は215日から「クレーム対応費用保険」という商品を販売する(注2)。クレームの対象となる行為は「暴力・脅迫・強要・威力・セクシャルハラスメント・不退去・偽計、風説の流布」と規定されており、加入者は常駐する弁護士に15分間程度、一般的な相談することができ、当事者間での解決が困難と判断された場合には弁護士費用の一部を補償するらしい。

 

2.カスタマーハラスメントと応需義務

薬局の従業員の中では、カスタマーハラスメントへの対応について、調剤の拒否や出入り禁止といった対応が(薬剤師法の第21条で定める)応需義務の違反になることを心配している人も多いようだ。実際、医療機関における悪質なクレームの事例を見ると、患者が応召義務の規定を自らに都合よく解釈して主張を通そうとする場面が見受けられる。

もともと日本社会には「お客様は神様です」のような標語が(中身を吟味することなく)一人歩きする傾向がある上に、20年ほど前までは「元軍医で患者が自分の言う通りにしないと怒り出す」ような老医師がギリギリ現役で患者を怯えさせながら診察するようなケースも実在し、医療側の父権主義に対して患者の権利を強化することが課題だった。医療機関での患者の呼び方を「〜さん」から「〜様」へと変えるような動きがあったのもこの頃だ。

 

しかし労働組合のUAゼンセンが2017年に「悪質クレーム調査」を実施し(注3)、翌年ビジネス誌などで取り上げられるようになったあたりから、「カスタマーハラスメント」という和製英語が普及し始め、変化の兆しが生じた。

google trendで「カスタマーハラスメント」という単語の出現傾向を見てみると、2018年の夏から増加し始めたことがわかる。
URL: https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&geo=JP&q=カスタマーハラスメント&hl=ja

 

この頃から「事業主には従業員を守る責任がある」という発想が生まれ、「診療(調剤)を拒む正当な理由」の解釈も異なってくる。厚生労働省では2017年から2019年にかけて「医師の働き方改革に関する検討会」を開催しており、その中で医師の応召義務の解釈の見直しについて議論している(注4)。カスハラ対策に関心のある方は元資料を確認することをお勧めする。この資料の重要な議論を一つ選ぶなら、「医師が応召義務を負うのは国に対してであって個別の患者に対してではない」という論点を挙げたい。

ただし、バランスを取るために確認しておく必要があると思うのだが、患者という弱者に対して国から付託された権力を行使するのは薬剤師も含む医療者の側であり、患者を長時間待たせるといった苦痛を強いることに対して常に自覚的であるべきだろう。

 

3.薬局の格

筆者の好きな漫画の一コマに、

店=常連客である
その店に集まる客の質で
その店の質もだいたいわかってしまう

という言葉がある(注5)。昔の人は、これを「格」と呼んだのではないだろうか。


調剤の応需義務を負うのは薬剤師であって、法人としての薬局、あるいは薬局経営者が応需義務を負うわけではない。かかりつけ薬剤師制度や薬局の専門化、機能分化などの方向性から考えると、長期的には患者が薬局を選ぶと同時に薬局も患者を選ぶことが自然になってくると筆者は考える。「とにかく処方箋をたくさん受け付けて、悪質な患者にスタッフが困ったら保険会社に電話する」というあり方も「薬局の格」の一つではあるだろう。しかし、これが今後も薬局経営の最適解なのかどうかは疑問だ。むしろそれぞれの薬局が「どのような客に来てもらいたい」「このような客には来てもらいたくない」という価値観を患者にわかりやすく提示し、それを医療の品質向上に昇華させる工夫を続けることで、初めて薬局の企業としての文化が生まれ、社会的な「格」を持つようになっていくのではないだろうか。

 

1 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル

2 日本薬剤師会 正会員向け保険制度のご案内

3 カスタマーハラスメント対策資料集

4 第10回医師の働き方改革に関する検討会 資料

5 清野とおる「東京都北区赤羽」(双葉社)4 p.110より

 

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筆者:薬事政策研究所 田代健

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