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箱出し調剤をめぐる議論NEW

2025.05.21

 

3月の下旬に日本薬学会の年会が福岡で開催され、調剤業務に関するシンポジウムの場で箱出し調剤が言及された。


 【目次】

  1. 箱出し調剤の議論の経緯
  2. 箱出し調剤が進まない理由
  3. 箱出し調剤の核心

 


1.箱出し調剤の議論の経緯

錠剤やカプセルの内服薬を患者に渡す方式は、

  1. 箱出し調剤:メーカーから納品した包装のまま患者に交付する。箱の中に患者向け添付文書が同梱されている
  2. ボトル調剤:ボトルにバラで格納された状態で患者に交付する
  3. 計数調剤:薬の包装を開けて、処方箋の日数に合うように数えて患者に交付する

3通りあり、日本では計数調剤が大半を占める。

EUでは1992年に箱出し調剤に舵を切って以来この方式が標準的となり、日本とは対照的に薬剤師が外箱を開封することを原則的に禁じられている国もある。ボトル調剤については、デノタスチュアブル配合錠がイメージしやすいかもしれないが、アメリカの映画やドラマで、洗面台の戸棚に入っている薬のボトルという描写を見たことのある人も多いだろう。

 

箱出し調剤に関する議論は古く、2010年頃には名城大学が上田薬剤師会の薬局で模擬処方箋を用いたシミュレーションを実施したりしている(*1,*2)。また、「医療用医薬品の流通の改善に関する懇談会」(20121010日)では、医薬品のトレーサビリティという文脈のやりとりの中で、今のような計数調剤ではなく箱出し調剤を行うという可能性が一瞬言及されている。

その後も、「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」の報告書(2017年4月6日)(*3)でも箱出し調剤を前向きに検討すべきであるという意見が書き込まれたりはしていたのだが、2022年に開催された「薬局薬剤師の業務及び薬局の機能に関するワーキンググループ(*4)」では最初に箱出し調剤に関する発言があったものの議論は続かず、取りまとめに「まずは課題抽出をすべきではないか」という文言が盛り込まれるにとどまった。10年以上経っても課題を抽出するかどうかの手前の段階で止まっているのは筆者には意外だ。(なお、この資料は、202312 25 日の第1回 薬局・薬剤師の機能強化等に関する検討会(*5)で参考資料として使用されたが、議事録には議論の形跡は見られない。)

 

2. 箱出し調剤が進まない理由

箱出し調剤を日本に導入することについては賛成の人が多いように思うが、公的な場で議論している人は意外に少ない。

箱出し調剤のメリットとデメリットは

・メリット:トレーサビリティ、品質維持、調剤業務の効率化

・デメリット:処方日数の裁量権の縮小、バラ包装の供給、種類が多い場合患者にとってかさばる

といった点が当初から挙げられており、15年の間でこれらの論点をめぐる状況に変化は生じなかった。本気で箱出し調剤を導入するのであれば、たとえば、アジスロマイシンやビスホスホネートのような、すでにPTPが箱出しと変わらないデザインになっている製品で外箱に患者向けの添付文書を同梱するような事例をまずは1つ2つと確立して、徐々に品目を増やしていくのが実践的だと考えられるが、そのような試みは管見の限りではなされていない。

抗原検査用キットを零売から個包装のOTCに切り替える際の対応は円滑だったことから、メーカーにとって技術的な困難があるわけではなさそうだ。おそらく、医療費の削減につながるわけでもないことから、政府にとって箱出し調剤を進める動機がないのではないだろうか。

 

3.箱出し調剤の核心

5月14日に日本製薬団体連合会は会員企業に向けて、販売包装単位を投与日数にするよう求める文書を発出した。高額医薬品の廃棄による経済的損失という点で薬剤師会と医師会との利害は一致しており、少し異なる方向からではあるが、包装単位と処方日数の関係について議論が始まる可能性はゼロではなさそうだ。

日本における箱出し調剤の議論の核心は、薬剤師の仕事量やトレーサビリティといったことよりも、むしろ「処方医の裁量権はどこまでもアンタッチャブルな聖域なのか?」という点ではないだろうか。

今後、医薬品は「超高額なブランド品」と「不採算で供給の不安定な特許切れ医薬品」との二極の割合が増加していくだろう。その際に、処方医が「医療上の必要のため」と言いさえすれば高くても在庫がなくても好きな分量を処方できるという物理的・経済的な余裕は失われ、医療機関や薬局の経済的損失を防ぐための措置としての処方権の制限ということが現実的なものになってくるかもしれないと筆者は考える。

 

*1 保険薬局における小包装製品の箱出し調剤による薬剤師業務に関する研究

 *2 ジェネリック医薬品の包装形態と医薬品流通に関する国際比較研究

*3 https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000161081.pdf

 *4 薬局薬剤師の業務及び薬局の機能に関するワーキンググループ

 *5 薬局・薬剤師の機能強化等に関する検討会

参考資料は

https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/001182785.pdf

 

 

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筆者:薬事政策研究所 代表 田代健

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